市長も出席  ~ 平戸日誌 ~

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7月26日、田平バイパスの住民説明会がありました。
田平支所のとなり活性化施設で行われ、およそ200人が参加しました。
田平町全体の住民を対象にした話し合いは、はじめてでした。
市長の出席もはじめてでした。

住民からバイパス反対の声がつぎつぎに上げられました。
私も最初と途中、2回、意見を述べました。

すでに市としては案を決定しています。
ルート決定報告会も数ヶ所で行い、この日、配られた資料(1枚)も「『市』決定ルート(全体平面図)」となっていました。

ちなみに、今まで、資料はいっさい配られませんでした。
住民には決定後にしか、資料を渡さない、しかも1枚の図だけ、という手法、驚きです。

市としては、市案を県に報告する前に、一度、市長参加の説明会が必要だ、と考えたのでしょう。

市長も「反対」の声がつぎつぎ上げられたにもかかわらず、議論の最後に、これで市案を県に報告してもいいですか、と賛成を促しました。
拍手で了承したのは3、4人だけでした。

これでは市案を県に報告するわけにはいきません。
市長は先延ばしにすることを表明しました。

しかし、ルートを見直すとか、住民の声を聞く、ということは言いませんでした。

住民のみなさんの声をよく聞いて、建設中止も含めて見直しを行うべきです。

私もがんばります。
参院選で遅れましたが、議会報告の平戸民報がもうすぐできます。
暑いですが、今回も8000枚配ります。

田平バイパス  ~ 平戸日誌 ~

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田平バイパス(およそ2キロ)の説明を追加します。

長崎県は西九州自動車道~広域農道~田平バイパスと、つなげることで平戸市の発展を図る、としています。

上図は西九州自動車道。

田平町は点線部分(松浦IC~佐々IC)の北にあたります。
建設予定の田平バイパスと西九州自動車道は、ずいぶん離れています。
すでにある広域農道でつなげよう、という計画です。

松浦IC~佐々ICは、いつ建設されるのか、全くメドがついていません。
15年、20年後という人もいれば、建設は白紙になるという人もいるくらいです。

いつ建設されるかも分からない西九州自動車道につなげよう、という田平バイパス。
短時間で、住民の声などは、ほとんど無視して、平戸市としてのルート案を決定したわけです。

下図。
中央に「白い手」があります。
そのあたりが起点の田平中学校付近。
左上に「南竜崎」(平戸、という文字の右上)とありますが、そこが終点の平戸大橋。

下図でも、分かりますが、田平バイパスは今ある国道204号に並行して走ることになります。

204号は広域農道とつながっています。

およそ2キロのバイパスを204号に並行して走らせれば、平戸市が発展するんでしょうか。

バイパスが家のすぐ近くを通ることになる住民のみなさんだけではなく、204号沿いの商店のみなさんなども断固反対です。

30億円以上の税金を使う意味があるのでしょうか。
「建設業者だけが儲かった」ということにならないか、心配です。

拝啓 平戸市長 黒田成彦様  ~ 平戸日誌 ~

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参院選挙もあり、6月議会の報告が遅れてしまいました。

5月28日ブログでも紹介しましたが、「住民の声・願いを無視した田平バイパスの建設」について、質問しました。

  ※ 田平バイパス  田平中学校付近 ~ 平戸大橋   
               建設費 30億円以上


私が「バイパスのルート案は決まっている」と知人から聞いたのが5月21日。
市としてルート案を決める作業を行っていたにもかかわらず市議会には、いっさい報告されていませんでした。

あわてて市から説明を聞き、【写真】の住宅街を一軒一軒訪ねて、意見をお聞きしました。
会えたところでは、みなさん、「バイパス建設反対」あるいは「ルートの見直しを」ということでした。

「反対の声をあげる時間は与えないぞ」と言わんばかりに短時間でルートが決められ、それが新築の家もある住宅街をかすめるように通るわけですから、「ちょっと待て」と言いたくなるのは当たり前です。

質問でわかったことの中から、いくつか紹介します。
①長崎県が2回の説明会を行ったが住民の意見がまとまらなかったので、「市としてルート案を決めるように」ということになった。

②ルート案を決めるために市は検討委員会をつくった。
 ・ルート案を決めるにあたって、検討委では現地調査は行わなかった。
・騒音や排気ガスなどの影響についての調査も行わなかった。

③検討委の案を受けて市長が市としての案を決めた。
・市長も現地を見ることさえ行わずに、決めた。

④1月28日に第1回検討委が行われたが、そのとき、市は「ルート案は2月中に決めたい」と説明した。
 第3回の2月18日には「二つの案」にしぼった。
 3月2日に意見交換会(住民説明会)が行われ、3月16日の第4回検討委で決めた。

⑤意見交換会で住民から「二つの案」に対する意見を聞いたが、「住宅地を貫く案」には誰ひとり、賛成しなかった。
 しかし、第4回検討委では「住宅地を貫く案」に決まった。

⑥田平バイパスは永田区・小手田区・米の内区を通ることになる。第4回検討委には三つの区の区長(検討委員)、全員欠席していた。

⑦田平北小学校に通う多くの子どもたちがバイパスを横断して、通学することになるが、検討委に学校関係者は入っていない。参加の要請も行わなかった。

市長、住民の声や願いを聞いて、行政を行うべきだ、と思いますが、いかがですか。
 

増税ノー  ~ 平戸日誌 ~

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参院選挙の結果を報告しながら、選挙ポスターを「赤旗写真ニュース」 )に張り替えて回りました。
どこでも、「残念」という声と「がんばれ」という励ましをいただきました。

今朝、日刊「しんぶん赤旗」の配達に行ったところ、新しい「ニュース」( 下 )が来ていました。
「ニュース」はありがたいですね。
毎月2回、送られてきます。
平戸で300ヶ所くらいに張れるようにしたいですね。

それにしても、暑い。
体に気をつけながら、頑張りましょう。

これから  ~ 平戸日誌 ~

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参院選挙の結果は残念でした。

全国的に共産党が後退しました。

平戸の比例票は3年前の参院選と比較して、得票数・得票率ともに10%の前進でした。

そうは言っても、全国はもちろん、長崎県の平均にも及びません。

まだまだ小さな共産党ですが、「これから」ですよ。

【写真】 開票立会人を務めました。終了したのは午前2時。

都会から持ち帰るもの  ~ 平戸日誌 ~

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きのう、ビラを配っていると「なんのビラ?」と声をかけられました。

「共産党のビラです。よろしく、お願いします」と言うと、「入れてきたよ。神奈川で働いていた。私も『しんぶん赤旗』を読んでいたし、ビラ配りの手伝いもしたよ」と。

これで5人目です。
若い頃、都会で働いていて、共産党を応援していた、という人との出会いは。

神奈川で共産党市議の候補者カーの運転手を務めた、という人。
東京に50年、ずっと共産党に入れてきた、という人など。

5月の赤旗号外ビラと今回の法定ビラの配布で出会いました。

市議に当選するまでは、どれだけビラを配布しても、こんなことは無かったんですが。

うれしいですね。こういう出会いは。
私たちが知らないところに多くの支持者がいる。
励まされます。

【写真】 生活相談に来たおばあさんが「おいで」というので行ってみると、差し入れでした。ありがとうございます。
プロフィール

山﨑 かずひろ

Author:山﨑 かずひろ
おいでください、「世界遺産」の町・平戸市へ
2009年10月に行われた市会議員選挙で当選。25年ぶりの日本共産党の議席。17年、3期目の当選。
市民の声を、まっすぐに市議会に届けるためにがんばります。

1957年 長崎県五島列島・奈良尾に生まれる
1966年 家族とともに愛知県へ
1972年~豊田西高校・高知大学(中退)で学ぶ
1980年~名古屋勤労市民生協・日本生協連で働く
1989年 日本共産党職員に 「赤旗」出張所員・中央委員会勤務員・国会議員秘書など
2007年 家族とともに平戸市へ 

住所  岩の上町 214-1
電話  0950-23-8021
FAX   電話とおなじ
携帯  080-1002-2248
メール yk1922@wind.ocn.ne.jp
ツイッター https://twitter.com/yamasakihirado

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