後援会のつどい  ~ 平戸日誌 ~

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昨夜は日本共産党平戸後援会のつどいでした。
新しい会員を迎えて、楽しいひと時を過ごし、総選挙への英気も養いました。

手作りのおでん、サラダや新米のおにぎりなど、美味しくいただきました。

ソーラン節や花笠音頭が披露されました。
月に一回くらい集まって、みんなで踊ろう、ということになりました。
あなたも参加しませんか?

   ( カメラが悪いのか、私の腕が悪いのか、写真はみんな、ぶれていました )

「苦痛の探求」 「真剣な探求」  ~ 平戸日誌 ~

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ここ数日、バイクを走らせて、海辺や山奥までパンフを届けています。
ビラやパンフなど、届けたことのない地域です。
250CCで重いバイク。腰が痛い。

多くの人と対話して、「苦痛の探求だな」と強く感じています。

昨年、参院選での自民党の大敗北をうけて、日本共産党は「国民が新しい政治の中身を探求する新しい時代が始まった」と情勢を分析しました。

その「探求」について、「苦痛の探求だな」と思うわけです。

  「年金からの天引きばかりで、年寄りに死ねということ」と、おばあさん。

  「農家はうったおるっ(倒れる?)」と、農家の奥さん。

  「農業じゃ、くらしていけん」と言う男性は、別れたあと、追いかけてきて、名前と住所を教えてくれ  ました。

  商店主は無表情で、何も言わずに受け取り、すぐに読みはじめました。となりにいた人と対話して  いる間も黙って読んでいました。近所に配りながら、10分くらいあとに再接近してみると、まだ、じ  っと読んでいました。

今まで、共産党を見向きもしなかった人たちではないでしょうか。
それが、苦境(苦痛)の中で、「共産党の話も聞いてみようか」と。
まさに、「苦痛の探求」であり、同時に「真剣な探求」でもあるのではないでしょうか。

私の考えすぎ?

( 蕎麦だと思います )

「 PGJ 再び  」  ~ 平戸日誌 ~

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今日の「しんぶん赤旗」の一面トップは 「CGJ(志位グッド・ジョブ=よくやった) 再び」。
ここ平戸では、「PGJ 再び」です。

パンフを読んだ平戸の人から、党本部へ、また「赤旗」日曜版の申し込みです。
今度はハガキです。

「日本共産党の平和と民主主義をつらぬく、政治の中身を変えるという姿勢に共感しています」
「外の党は政治の本業よりも選挙に勝つ事、特に民の事よりも自分たちの党の事ばかり」
「少し勉強したいと思いますので『しんぶん赤旗』を・・・まず最初は日曜版を」と。

党本部への申し込みは、電話につづいて2部目です。

ほんとうに、パンフの威力は“すさまじいもの”です。
パンフの内容(綱領)と国民の願いが響き合う情勢を実感します。

電話の人も、ハガキの人も、共産党の宣伝物をはじめて見た人です。

平戸市の世帯数は14450です。
パンフ配布数は5000部を突破。

「残り3000部を一日も早く配り終えよう」
「今まで手の届かなかったところにも配って、党を知らせよう」

みんな、張り切っています。
P(パンフ)GJ、もう一度ないかな。

的山大島へ  ~ 平戸日誌 ~

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仲間と二人で、的山大島に行ってきました。フェリーで40分。

地図の左上のいちばん大きい島が平戸島、いちばん北の島が的山大島です。
人口は2000年国勢調査で1,785人、今は、ずいぶん減っていると思います。

ハンドマイク宣伝とパンフの配布。
秋晴れのもと、ほんとうに気持ちのいい一日でした。

島の人のほとんどが日本共産党員をはじめて見たのでは?
「ありゃ、普通の人間じゃなかね」などと、思ったかも?
けっこう、対話もはずみました。
「まあ、上がって行って。お茶でも」と声をかけていただき、ひと休みさせていただいたところも。

三人で行って、パンフは全戸に配布する予定でしたが、
三分の一くらい残したようです。
総選挙前に、もう一度、行って完了させます。

島には遣唐使が使った「朝鮮井戸」も残っています。
民宿の料理もうまい!
観光にも、よかですよ。

高知の先輩たち  ~ 平戸日誌 ~

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今日はメールや電話の多い日でした。
高知時代の先輩からの電話でふと考えました。
「あれから、もう30年になるのか」と。

そして、高知には日本共産党の偉大な先輩がたくさんいることも。
元衆院議員の山原健二郎さんや反戦詩人の槇村浩(まきむらこう)など。

槇村浩は「間島パルチザンの歌」が有名ですが、私は「生ける銃架」を読んだときの衝撃が忘れられません。日本の中国侵略に対する反戦詩です。

【生ける銃架】  1932年2月

高粱(こうりゃん)の畠を分けて銃架の影はきょうも続いて行く
銃架よ、お前はおれの心臓に異様な戦慄を与える――血のような夕日を浴びてお前が黙々と進むとき
お前の影は人間の形を失い、お前の姿は背嚢に隠れ
お前は思想を持たぬただ一個の生ける銃架だ
きのうもきょうもおれは進んで行く銃架を見た
列の先頭に立つ日章旗、揚々として肥馬に跨る将軍たち、色蒼ざめ疲れ果てた兵士の群―
おおこの集団が姿を現わすところ、中国と日本の圧制者が手を握り、犠牲の鮮血は二十二省の土を染めた
(だが経験は中国の民衆を教えた!)
見よ、愚劣な軍旗に対して拳を振る子どもたちを、顔をそむけて罵る女たちを、無言のまま反抗の視線を灼きつける男たちを!
列はいま奉天の城門をくぐる・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

「パンフ読んだ。気持ちがぴったり合う」と電話  ~ 平戸日誌 ~

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後援会員のKさんは70歳。

1000部のパンフ配布をひきうけてくれました。
10月1日にお願いしたところ、今日、完了。
スゴイ!有難い!

さっそく、うれしい反応がありました。パンフを読んだ人から、党本部に電話がありました。
「パンフを読んだ。気持ちがぴったり合う。もう共産党でがんばるしかない。日曜版を購読したい」と。

平戸では、かつてない規模でパンフ配布に取り組んでいます。

店先において下さるところも、あちこちに。
「10部なら」、「30部なら」と配ってくださる方も少なくありません。

パンフをひとりでも多くの人に読んでいただき、必ず総選挙に勝利したいと考えています。
配布にご協力くださる方は連絡いただければ、幸いです。

「勝とう」と業者が決起  ~ 平戸日誌 ~

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日本共産党の長崎北部業者後援会の第2回役員会が行われました。

前回は「まず学習から」ということで日本共産党創立記念講演会のダイジェストを見ました。
役員も選出。

今回も「パンフ」の読み合わせから。

「業者後援会としては、はじめての取り組みになりますが、がんばれば勝てる選挙。
がんばりましょう」と会長。

「『共産党が宣伝していた。なかなか、やるな』とお客さんが言ってきた。
どんどん宣伝したほうがいい」などの意見が出されました。

「支持拡大目標の半分、250を11日までに」から行動開始。

これまでの「北部業者後援会の仕事は公営掲示板へのポスター張り」
という殻を打ち破って、大きく足を踏み出しました。

      ( でっかい胡瓜をもらいました )
プロフィール

山﨑 かずひろ

Author:山﨑 かずひろ
最西端の駅がある長崎県平戸市。
2009年10月に行われた市会議員選挙で私が当選。25年ぶりの日本共産党の議席。13年、2期目の当選。市民の声をまっすぐに議会に届けるためにがんばります。

1957年 五島列島・奈良尾に生まれる
1966年 家族とともに愛知県へ
1972年~豊田西高校・高知大学(中退)で学ぶ
1980年~名古屋勤労市民生協・日本生協連で働く
1989年 日本共産党職員に 「赤旗」出張所員・中央委員会勤務員・国会議員秘書など
2007年 家族とともに平戸市へ 

住所  岩の上町 214-1
電話  0950-23-8021
FAX   電話とおなじ
携帯  080-1002-2248
メール yk1922@wind.ocn.ne.jp
ツイッター https://twitter.com/yamasakihirado

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